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Daily Masando

Daily Masando は、私の活動記を日記イメージにて適時掲載しています。
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  マケインとベトナム戦争
Date: 2018-08-28 (Tue)
元大統領候補、共和党のマケイン上院議員が亡くなった。
同じ共和党内でもトランプの政治に異議をとなえる硬骨漢で保守層の支持は高かった。それは彼がベトナム戦争の英雄だったからだ。
アメリカでは、最前線で戦い、捕虜になった兵士は、英雄としてあがめられる。これが「大日本帝国では自決を強要されるのとは真逆だ。

それがベトナム戦争のような、明らかな侵略戦争であっても、単座攻撃機で対空ミサイルで撃墜され、捕虜の後の拷問に耐えたとして、第1級の英雄とされた。

祖国を爆撃に来た操縦士は降下した地上で惨殺されてもしょうがないのもアジアの真理ではある。

トランプがマケインのことを「英雄なんかじゃない、捕虜になっただけだ。」と評したのも、タテマエでない彼のホンネが見て取れる。敗者はあくまで蔑まれるのだろうか?

それにしても思い起こされるのは、将校以下には自決を強要しながら将官は、捕虜になったことを問われない、敗戦も問われず、敵前逃亡まで許されたのが大日本帝国だったのである。
これでは、天皇の戦争責任など、問えるはずが無い。

  やはり進歩なき日本マスコミ
Date: 2018-08-23 (Thu)
夏の甲子園決勝は、予定通り大阪桐蔭の圧勝で終わった。
旧日本軍と同じく1セットのメンバーしか持たない、公立農業高校が、勝ち進むにつれて、この米軍に似た物量を持つ私立スポーツ高校に勝つ確率は略ゼロに近づく。

それを美談で英雄扱いする朝日新聞をはじめとする新聞TVもまた、帝国軍隊の「勝った勝った又勝った。」式の煽動報道ばかりで罪深い。

特攻と同じように志願の形に似せた強制が、真夏の昼間、露天の球場で続行されるトーナメントだ。

高校球児が望んでも、100球以上の連投を強いるのは虐待以外の何物でもない。

速やかに、7回制のルールに変更し、準々決勝からは隔日開催、それもナイターにすべきだ。
それで無ければ会場変更して、全天候型の空調の効いたドーム球場に替えなければならん。

ブラスバンドの全国大会を、普門館で開催することにブラス青年たちは固執していないし。プロボクシング世界タイトルマッチが15回戦から12回戦に縮小されても、選手の健康管理から誰も反対しなかった。

狂っているのは、未だ大日本帝国陸海軍のまぼろしを追い続けている大本営発表をそのまま伝えてきた、朝日NHKをはじめとする戦犯マスコミなのである。

  ベトナムのこと
Date: 2018-08-14 (Tue)
昨日、BSプライムニュースで曾野あや子女史とベトナム難民から帰化して日本の医者になっている青年が、「日本に生きる幸せ」について語っていた。
同じ日の「私が日本に住む理由」という番組でも出演者はベトナム難民から日本で医療通訳をするようになった女性が取り上げられていた。

あの最強米軍が勝てなかったベトナム戦争が思い出された。
ジョーンバエズがボブディランが、そしてモハメドアリが反戦抵抗したアメリカの良心が止めたとでもいうべきベトナム戦争時の首都サイゴン(ホーチミン)市に、今年春、僕ら夫婦はクルーズ旅行で訪れたのだった。

14万トンの巨大クルーズ船が接岸したのは、首都から相当離れた港で、そこから現地案内人の同乗ツアーが始まった。
初めてのベトナムだったが、この国が中世以来絶え間なく他国(中国)からの侵略を受け続けてきたことがよく分かる市内ツアーだった。

この国でも、そして釜山をスタートに回った(クルーズ)香港、ホーチミン、バンコク、シンガポールの何処でも、いわゆる反日的な対応は無い。
特にアメリカと中国と両方を相手に戦った日本に対する贔屓は、ベトナム人の華奢さが、僕らに親ベトナム感を抱かせる。

明日は終戦の日だ。いろんな番組が組まれ、そしてあっという間に消えていくのだろう。

大東亜戦史は、日本人殲滅史だということが分かる番組を期待する。

  成長した日本人と進歩なきその他の群れ
Date: 2018-06-29 (Fri)
W杯西野監督とそのスタッフのような賢明で勇敢な成熟度が、戦前戦中の天皇以下日本軍上層部にあれば、特攻を含む無謀な殺人作戦を取らなかっただろうことが悔やまれる。

古く仄聞するところの、四日市高校野球部の甲子園初出場初優勝の昭和30年夏、帽子から靴まで純白のユニフォームを着て、ボックスに入る時に帽子を取って一礼する四高ナインに、当時の新聞ラジオは、試合が進む度に地方の公立進学校を贔屓絶賛していたそうだ。

ところが、準決勝終盤で中京商業(当時)相手に三塁ランナーを背負ったピンチに我が四高チームは「隠し玉」で三塁ランナーを刺し、ピンチを免れ、試合をものにした。
当時の(今でもそうだが)低脳マスコミは手のひらを返したような罵倒をあびせた。「卑怯だ!高校生たる者は、、、。」

知能のレベルを争うスポーツでもある野球の面白さは、そのルールにある。
ルールに則りゲームを進め、トラップに引っかかる方が知能が低いだけのこと。
それを非難する、子供の論理を未だ日本人の半分が持っていることを今回のポーランド戦で再確認した。

松井を5敬遠した、明徳の監督も優れたリーダーだったが、マスコミやファンから袋叩きにあった。、
ウエルター級全盛期に入る直前のチャンピオン、ピピノ・クエバスに接近戦を挑んで、粉砕された辻本弟を褒める低脳アナウンサーや解説者のレベルは、未だに続いているのだと感じる。

  沖縄戦終結の日
Date: 2018-06-23 (Sat)
戊辰戦争150周年の今年、大東亜戦の沖縄での組織的戦闘が終わった23日の今日、恒例の慰霊祭が行われた。

初の首相参列をした海部総理は洋装では合ったが正装して礼を示したが、現在は沖縄の風習に沿って安倍総理は黒のかりゆし姿だ。

中3女子が詠んだ詩は、成人の手が加わったものだろう。
その思想は、広島の平和の言葉と同じ無国籍な無味無臭な感じが漂う。

プレばと風に添削するなら、「マントル」を「地球」に、「戦艦」を「敵艦」に、「戦争」を「米国ないしは軍隊」に、「戦争の無意味さ」を「抗戦の無意味さ」、そして「戦力」を「皇軍」に替え、
最後に「誇り高きみんなの島」を「誇り高き琉球の民の島」に替えたら才能ありか名人になるだろう。

  デイリー再開
Date: 2018-04-07 (Sat)
3ヶ月を経たデイリー再開です。この間石取祭裁判や、2度目のクルーズなど、書かねばならない事象を省いてきました。
書かねばならぬこと、書きたいことは山ほどありましたが、タイムリーと言う点で自らの鈍間さが歯がゆいものです。
さて、本日の報道で、高畑勲の死去が報じられています。
三重県出身の、個性的な映画人の逝去に、各マスコミはほぼ同じ内容のアニメ作家、ジブリ製作者としてのみの紹介に留まっています。

当然のことながら、「蛍の墓」をはじめとする宮崎アニメの製作者として頂点を極めていたことは、紹介するまでもありません。

ボクが加えたい、そして低脳なマスコミが知らない(触れない)高畑の遺作が「柳川掘割物語」というドキュメント映画の製作と、全国の市民活動家たちへの神格的な評価を記さねばならないと思っています。

当時で「日本全国各地」の、現在では全世界的な「水問題」の映像報道の原点になった、九州柳川掘割再生の記録こそが、高畑の存在理由だと考えているのは、全世界の環境保護運動家たちの真贋を問うものでしょう。

三重県は、時々異才を生む地域なのですね。

  年末年始の話題
Date: 2018-01-06 (Sat)
言わずともがな、貴乃花親方と相撲協会との紛争である。

閉鎖された擬似神道利権集団に堕ちている相撲協会に、ただ一人?正論を述べ、相撲道の完成を目指す先駆者はキリストに似て迫害の対象だ。

私のことを「桑名の貴乃花」と呼ぶ人がいる。
相撲協会と同じように、似非神道利権集団に堕落している、石取り祭り保存会を正常化しようと、孤独な戦いを続けている私を評価してくれる人がいるという事は、私にとって使命感を奮い立たせるものだ。

日本中の相撲ファンの支持を得ている貴乃花との差は、もって生まれた器の差だろう。

  歴史と軍事
Date: 2017-12-03 (Sun)
久しく、新本を買わなかったが、新聞広告を見て書店に行っても在庫がないので(桑名以内)名古屋へ行ったついでに三省堂で買い求めた。

鴻上尚史の「不死身の特攻兵」陸軍特攻兵佐々木友次伍長の生還物語だ。

海軍の美濃部指揮官に対比される陸軍の1兵卒(指揮される側)の記録である。

著者の童顔風貌をNHKジャパンクールで拝見していて頼りないポスト団塊世代だと思っていたが,中々緻密な調査と取材で、品切れ増刷されていることは、百田の「永遠の0」と両方読むと団塊世代以降の誰もが前大戦の日本人と大日本帝国が分かる作品だと思う。

残念ながら著者の世代の範疇で、軍事知識が着け刃なのも分かってしまう。
それと、作家や劇演出家には、工業製品に関する知識やセンスがかけていることにも気がつく。
VTヒューズを40mm機銃弾に装着することが技術的にも量産消費的にも当時は不可能だったことが理解できていない。
たとえ史書や文献に書いてあっても誤記である。
書き写すだけでは、単なる系図屋に堕ちてしまう。
自分の教養でそれを克服しなければならないと、今回そう思った。

  第40回町並みゼミ有松大会
Date: 2017-11-20 (Mon)
名古屋での基調講演が須田JR東海相談役だったので、公的な立場で参加した。

今まで疑いも無く自信をもって使い続けてきた「まち育み(スマートグロース)」が間違いだったかも知れないと感じる講演だった。

観光とは、光り輝く優れたものを観ることであって、決して卑近なものではない。
そして大事なことは無償ではない、有償の行為であって当然だ。
そのためにも観光に耐えうる「まちづくり(ビルト)」をしなければ、観光立国、観光立市は出来ない。
という講演は、簡明且つ真実の啓蒙だと思う。

以後、今日まで4日間に渡る視察とシンポジウムの中身が濃いゼミナールが、40年も続いていたことに感銘した。

まだまだ自分の世界は狭く、優れた交流が広がっていく満足感に浸った濃密な時間だった。


  沖縄航路廃止と丸栄閉店
Date: 2017-10-10 (Tue)
前者は昭和45年から、後者はさらに前の昭和37年から利用し、親しんできた会社、店舗だった。

初めて琉球列島の奄美群島へ行ったのは20歳の時、往きこそ神戸の中突堤から関西汽船で渡ったが、沖永良部、与論、そして其の帰りは、琉球海運の「波の上丸」「浮島丸」を利用した。

未だ沖縄は返還されておらず、ビザ無しの僕は与論島で一番の高台に上り、朝焼けの中で浮かび上がってくる沖縄本島を眺めていた。

以後度々、東京から、大阪から、、名古屋から、ありあけ丸や飛龍、あるぜんちな丸などに乗船したものだ。

この前に書いた内海航路と違う、海国日本とヤポネシアを実感する青春の思い出だ。

一方、丸栄百貨店は江戸初期の十一屋呉服店をルーツにする、名古屋の老舗で、NHKのジュニアオーケストラ時代から、なぜか松坂屋より好きな百貨店だった。
世帯を持ってからは来店することはなくなったが、それは栄地区に行かなくなったからであり、オリエンタル中村が高島屋になっていく名古屋の商業地図の塗り変り時期だったのだろう。

トランプが正式に擬似温暖化対策に引導を渡して、石炭火力を復活させる方向に舵を切ったことにシンクロナイズする時代の流れを感じさせる今日だった。

  ガラパゴス日本
Date: 2017-09-30 (Sat)
携帯や軽自動車のことではありません。2年前にも書いた高校野球世界戦のことです。

1年生木偶の坊だった清宮が3年生になっても本質的に何も成長していないことが明らかになった大会でしたね。
自称史上最強の日本打線は、実力どおりの不発でした。

金属バットや、一説には飛ぶボールで粉飾された長打は、体力体格が上の欧米人高校生の速球や変化球を木製バットで捕らえることが出来なかったのです。

中村の甲子園での本塁打数は、確かに数字では清原を上回りましたが、清宮にいたっては本番にも出られず、ローカルの練習試合を含めて新記録とか蜂の頭とか、笑止千万。

桐生が、小学校の運動場で練習中に9秒8を出したといってニュースにしたら、其の新聞社はつぶれるでしょう。

厳密なる陸上競技でも、条件の違う9秒98と10秒00の優劣を比べるおろかさを、若いサニブラウンは「記録は勝負の結果だ」とはっきり断言しています。
最速なのは最強のサニブラウン少年ですね。「勝つ」とは故山中毅選手の言う1着になることだけを指すのですよ。

  クルーズレポート番外編
Date: 2017-09-18 (Mon)
瀬戸内海昼間航海とアラスカインサイドパッケージクルーズを体験して、大海原も船旅ですが、内海航路もその島影を見ながらの船旅が予想以上に心地よかったと思います。
 日本の瀬戸内海は崩れ行く、そして埋もれていく宝物なのが残念です。

航海中に出会った大陸系と台湾系の中国人が印象的です。
彼らの側から見ても、僕から見ても、中国系米人と本国の中国人、台湾系中国人と日本留学組中国人、韓国人と韓国系米人の区別がわかったことは興味深いことでした。
其の差は、ようするに品性の差だと思いました。

しかし、国際社会中での人種を問わない米国人の親近性には学ばねば成らないところが大きいと思います。

シャッターを押すことを頼むと、彼らは例外なく親しみを込めて何枚もとってくれました。
ところが無愛想なのが日本人のオバちゃんたちです。

又、日本留学組みの中国人や、中流以上の韓国人は親日で、日本人と分かると話しかけてきます。昔の日本人が持っていた恥じらいやわきまえというものを持っているのが彼らだということにも、気がつきます。

日本の中高年の皆さん、ぜひクルーズ旅行を楽しみましょう。

  クルーズレポートラスト
Date: 2017-09-14 (Thu)
8月26日に桑名を発って9月3日に帰ってきました。
最後の寄港地はカナダ領ビクトリアです。

理由はわかりませんが、目と鼻の先の母港シアトルの直前、午後5時にビクトリアに着岸したので、市内ツアーには参加せずに、港近くのフィッシャーマンズワーフに出かけました。
日本でも漁港の市場には必ず立ち寄ります。

日本の磯の香りのする漁港とは違って、おとぎの国のようなカラフルで楽しい浮き屋(船上生活家屋)が住居や店舗になっていて、地元の市民や旅行客のたまり場になっていました。

日本の水上生活者が賤民窟であるような暗さは全くありません。
桑名で云えば寺町の魚の棚側に出張って建っていた戦後のドサクサ居座り店舗は何だったのでしょうね。
ビクトリアでは住居も店舗も、すべて水面側が玄関でした。

そんな興味深い体験を最後に、僕らの久しぶりの誕生日祝い旅行は帰途についたのです。

  クルーズレポートV
Date: 2017-09-09 (Sat)
3回目は、いよいよこのクルーズ白眉のグレーシャーベイで氷河の観察です。

氷河は普通は高山の積雪が解けながら凍って流れていくものです。
それが海まで解けずに達したところで、自重に堪えられなくなり、割れて海面に滑落するのです。

11万トンの巨船が、そのまま氷河に接近して、肉眼で其の滑落を見るのですが、どの部分が滑落するのかは予想できません。
ただ、滑落時に大きな音を発します。地鳴りかな?

何も知らずにこれだけを見れば、これも「地球温暖化」のせいにされてしまいますね。
そうなれば、この公園海域の氷河はあと数年でなくなってしまいますよ(笑)

さて。アラスカクルーズは各船会社のメッカでありまして、この日も入れ替わり、5隻の巨大船がこの海域を往復交差するという、世界のクルーズ界から日本郵船のクリスタルクルーズが5万トンの中途半端さからはじき出されて、其のうちの1隻が「飛鳥2」になったのがうなずける実感を、この視界のスケールから読み取ることが出来ました。

息子がつぶやいていた、「三菱は役所のような所だ」にも納得しました。

  クルーズレポートU
Date: 2017-09-08 (Fri)
次は、ゴールドラッシュの上陸地となった、スキャグウェイという港町です。

奥地で砂金が見つかる前の人口10人から、最盛期1万人を超えた町も金鉱を取り尽くすと元の千人以下の寒村に戻りました。

金鉱に向かう鉄道も1980年代に廃止になりかけましたが、そのころ始まった大型船のクルーズで、逆に活性化しています。

港桟橋に隣接して、このユーコン鉄道は始発して、カナダ国境をこえて金鉱の町(当時)まで通じています。

僕らは、このナローゲージの遊覧鉄道に乗って、カナダ国境まで行き、(峠の最高部)そこから折り返して返ってくる、入門コースでした。

片道20.3kmの北勢線と同じ行程を、其の2倍の時間をかけて往復するのですから、同乗の鉄ちゃんは大喜びでした。

後で気がついたのですが、最後尾のベランダからの眺めが最高で、乗るのなら最後車か最前車両がベストなのは、石取祭の渡祭順と同じでしたね。

  クルーズレポートT
Date: 2017-09-07 (Thu)
シアトル空港から停泊地まではプリンセスクルーズ手配のバスで移動しました。これが1人往復8千円。中部空港から成田空港までの料金と一緒ではちょっと高いなあ。

最初の寄港地ジュノーはアラスカ州都ですが、なんと人口3万人。
日本なら市ではなく町の人口です。アラスカの街はすべてこれ以下の人口規模なのです。

ホエールウオッチングは190ドルと言う高値でしたが、全行程で10回ほど背中と尻尾が見えただけでした。
ツアー船が比較的大きな船だったので、小型船の後から遠距離での観察でした。
クルーズ船に戻って出航した翌朝は、11万トンの巨大船の回りは鯨だらけ。
生息地を横断するのですから、わざわざツアーに参加する事は無駄でしたね。

  航海づいた今年
Date: 2017-09-06 (Wed)
愛息が祖母のための介護休職を取ったというので、これ幸いに彼に留守番を頼んで、妻と9日間のアラスカクルーズに出かけた。

別に行き先を決めていたわけでもなく、この時節南方より北向きの外国で、10日間以内で探すと、アラスカしかなかった。

5年ぶりのクルーズなので、勝手が違っていることもあり、ESTAなる査証も自分で取得したはずが、成田空港で未取得に成っていると言われ、あわてて空港で取り直し。

8月26日土曜発の9月3日日曜着ということで、中部成田間の国内線が行きは朝一番だったのが幸いした。

シアトル発のルビープリンセス(11万トン)が満席の3000人を乗せて出航。
以後ジュノー、スキャグウェイー、グレーシャーベイ、ケチカンと航海し、最後はカナダ領のヴィクトリアに寄港して母港に帰ってきた。

中国人(米帰化人と本国人)が多かった。あと台湾系と韓国も続いていたが、日本人は我々夫婦を含めて6人だけという少数派。
これでは日本人ガイドが付かないはずだ。
老若男女、ファミリーで乗船している、中韓及び白系米人の中流階級が人生を楽しんでいることに比べて我が日本人が、其の世界3位の経済力に似つかわしくない生活を送っている様に、失われた20年を実感している。

  マスコミの無知を憂う
Date: 2017-06-21 (Wed)
米海軍の駆逐艦とフィリピン籍の貨物船の衝突で、米艦側の被害の大きさを各紙TV局が解説しているが、ピンボケと無知の集合である。
だいたいイージス艦という識別は無い。軍事常識であるのはイージス(防空)システムを積んだ、駆逐艦(デストロイヤー)か巡洋艦(クルーザー)のことを指す。

トランプの日本政府への謝礼は「米国の駆逐艦救援に感謝する。」というものだった。
日本の解説委員による「最近の軍艦は装甲が薄い。」なんて、給料泥棒も呆れるほどだ。
駆逐艦は狭義の「軍艦」ではない。故に出現した時から今日まで「装甲」は設けられたことがない。俗語でチン(ブリキ)艦と呼ばれている。

日本のいわゆるイージス艦は「あたご」とか「こんごう」などと命名されていることから、これは愛宕山、金剛山に由来する装甲巡洋艦だと推測するが、装甲の有る無しや箇所と厚み、材質など軍機だから公表されるはずがない。

こんな状態で、憲法改正なんて無理だ。軍事を監視する機関が無いという事だ。

  イパネマの娘
Date: 2017-06-10 (Sat)
先日、治療中のアキレス腱の薬を受け取りに薬局で待っていたらポルトガル語を話す若い男女が入ってきた。

男のほうはずんぐりした体躯に顔だけセルジオメンデスのようなご仁だったが、女性の方は170cmを超える長身の半分もある。長い手足に小さな顔、ツンと上を向いた鼻と黒すぎない肌がブラジル人であることを物語っていた。

イパネマ海岸で見かけた美少女を讃えて、モラエスとジョビンが作ったのが「イパネマの娘」だ。
きっと目の前のような佳人だったのだろう。

最近、ボサノバ興隆期のCDを集めている。モラエス、ジョビン、ジルベルト、バーデンパウエル、、、。
僕の青春を彩ってくれた彼らはすでに鬼籍に入っている。

そんな感慨にふけりながら、僕の目の前を形のいい足とお尻が通り過ぎていった。

  瀬戸内デイクルーズ
Date: 2017-06-06 (Tue)
永年の夢?だった瀬戸内海を西へ日中航海するクルーズに出かけた。
船は10時40分神戸発大分行きのサンフラワー、12時間の短い航海だが、西洋人たちがエーゲ海になぞらえた箱庭のような多島海は50年前ならさぞ美しかっただろうと惜しまれる。

緑に覆われていただろう島々の削られた山肌や、その奥に林立する工場煙突が遠景に見えるだけでも興ざめはしないでもないが、それでも十分美しかった。

陸上の馬鹿馬鹿しい高額鉄道クルーズブームの陰で、それに数倍するオンリーワンである瀬戸内の海は昼間に渡ってこそ日本に生まれた幸せを感じる。

帰宅してから、城山三郎の戦時短編の中で終戦間際瀬戸内海で起きたF6Fによる海軍少年兵惨殺の悲劇を読んで気が滅入ってしまったけれど、先ほどオートグラフから流れてくる竹内まりやのインプレッションズを聞いて、また10年前の甘い気分がよみがえってきた。
山へ向かって走る車の中で流れていた歌だった。

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